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![]() ●内川について ![]() ●右の写真は、宮下堀橋跡あたりから曲がると、環七までは、ほぼ直線である。広大な営団地下鉄職員宿舎を縦断している。古く江戸時代は広大な湿地帯ではなかったか。古代は、馬の放牧があり、鎌倉時代には、この場所で奥州攻めの馬を集めていたという伝承もある。駒込から馬込に名前が変化したのもうなずける。 ![]() ●左下辺りが宮下坂である。右が都営地下鉄車両基地跡と第二京浜国道馬込坂である。新幹線用地買収が困難なため、品鶴線の上に高架として造られた。 ![]() ![]() ●内川のトンネル (今は閉鎖された内川のトンネル 2007年撮影) | ||||||||||
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●上の写真は、都営地下鉄車両工場があったところである。西馬込から車両整備のためここまでトンネルを掘り運んだが、今は梅田小学校脇の車両基地で整備が行われている。左側に新幹線高架が見える、陸橋の下が第二京浜国道である。左の電柱奥辺りに内川のトンネルがある。正面の森は長遠寺の裏手、下に第二京浜国道が走っている。坂は長い馬込坂である。 |
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