歌川国芳の傑作武者絵 奇想三枚 悪狐、亡霊、鰐鮫

「那須の原 九尾の悪狐退治」絵・一勇斉国芳(歌川国芳)版元・保永堂 竹内孫八 天保3ー4年頃(1832〜3)東京国立博物館蔵    

平安時代に大陸よりやってきた妖怪九尾の悪狐は、玉藻前という絶世の美女に変身する、時の鳥羽上皇に取り入り寵愛を受ける、上皇は病に倒れ陰陽師により正体を見破られ、下野国那須原に逃げて潜伏する。上皇は上総介広常と三浦之介常種に退治を命じる。画面一杯に広がる那須原の戦いは、国芳にしてはやや構成があまい感じがする。全面に主役が揃い、動きの面白さがない。大劇画調である。

『大物浦平家の亡霊』は国芳の画面構成センスが発揮された作品である。

「大物浦平家の亡霊」絵・一勇斉国芳(歌川国芳)版元・遠彦 遠州屋彦兵衛 名主印・福島和十郎・ 村田平右衛門だと考えられる。年代は嘉永年間1〜5年(1848〜1852)諸説あり 

西国に逃れようと船出した義経一行に、恨みを抱いた平家の亡霊が襲いかかる。飲み込もうとする大きな波に対抗するように船が進む、職人国芳のすごさは、舟に小さな白い浪を配したところである。これで舟が浪に揉まれて上下する動きが感じられる。背景は均一だがそこにシルエットの亡霊を濃淡で描き分け奥行きを出した。歌舞伎の舞台にすぐ使えるような構成である。東京国立博物館蔵

『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』は円熟した職人技を感じる。

「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」絵・一勇斉国芳(歌川国芳)版元・鳳来堂 住吉屋政五郎 嘉永五年(1852)東京国立博物館蔵

『珍説 弓張月』曲亭馬琴作 挿絵・葛飾北斎から題材をとっている。鎮西西八郎源為朝は、九州から京に上り平清盛を討つため舟を進めた。途中、暴風に遭い妻白縫姫は海を鎮めるため身投じる(右)。為朝は悲観して切腹しようとするが、讃岐院崇徳上皇の命を受けた烏天狗に救われる。そこに現れた巨大な鰐鮫の背に我が子瞬天丸(すてまる)と忠臣紀平治が現れ、皆は鰐鮫の背に乗り琉球に逃れる。鰐鮫は忠臣・高間太郎と彼の妻が作り出したものだった。
  異なる時間を一つの画面に配する手腕は見事であり、浪の表現は円熟した職人技を感じさせる。この表現方法は、「異時同図」という平安時代から使われた絵画技法です。現物(本物)の浮世絵では、烏天狗の姿は空押し(からおし)で摺られているのでは、と思うがどうだろう。ズーム画像を確認ください、烏天狗の輪郭が確認出来ます。おそらく三枚揃いの豪華摺りで高価であったであろう。

『高祖御一代略記』シリーズは、国芳の奇想と構成が光る10枚シリーズ

「高僧御一代略図・日蓮上人波題目」絵・歌川国芳 天保中期頃 版元・錦樹堂 伊勢屋利兵衛 江戸後期の代表的な地本問屋 東京国立博物館蔵 

歌川
国芳は、葛飾北斎と同じく日蓮宗を信仰していた。大田区の日蓮宗本山池上本門寺には、長栄稲荷があり、この稲荷の神が高祖の佐渡流刑を守護したという。 東京国立博物館蔵(2枚とも)池上本門寺の長栄稲荷を見る。
拡大表示


「高僧御一代略図・佐渡の苦行」絵・歌川国芳 天保中期頃 版元・錦樹堂 伊勢屋利兵衛 江戸後期の代表的な地本問屋 東京国立博物館蔵 拡大表示

他の高祖御一代記略図を見る(10枚シリーズ)

トップ扉に戻る  幕末浮世絵目次   北斉目次   国芳目次    参考図書