江戸時代の見世物小屋のメッカ……浅草奥山・両国東西河岸

「東都名所両国湯涼全図」三枚揃い、絵・一立斉広重(歌川広重)、年代・文化年間、版元・蔦屋吉蔵手前絵は西両国、絵の左下には南伝馬町一丁目と記載がある。

  《江戸名所図会 第一巻「両国橋」》 両国橋を見る 拡大表示
国立国会図書館蔵
 


『江戸名所図会』は、江戸時代後期に斉藤月岑が7巻20冊で刊行した、江戸の代表的図会である。斉藤家は神田の名主で三代にわたり制作して、やっと斉藤月岑の代で完成した。天保5年(1834年)に1巻から3巻まで10冊が出され、天保7年(1836年)に残り7巻までが刊行された。絵は長谷川雪旦(せったん)である。絵は驚くほど細かく、江戸を知る最良の資料となっている。江戸後期の木版は、彫り・摺りとも最高の技術水準に達した。下記の絵のように細かく表現できるようになった。

 両国の納涼は、5月28日に始まり8月28日に終わる、毎日花火が打ち上げられた。江戸名所には、『つねに賑わいしといえども、なかんづく夏月の間は、もっとも盛んなり。陸には観場所せきばかりにして、その招聘の幟は、風に翻りて翩翻たり。両岸の飛楼高閣は大江に臨み、茶亭の床几は水辺に立て連ね、灯の火は玲瓏として流れに映ず。楼船扁舟、所せくもやひつれ、一時に水面を覆い尽くして、あたかも陸地に異ならず。弦歌鼓吹は耳に満ちてかまびすしく、実に大江戸の盛時なり。』とある。江戸の老若男女は、そわそわと納涼の季節を待ちわびた事であろう。昼は見世物小屋に、夜は両国橋両岸から打ち上がる花火をみる。町民だけでなく、大名家江戸屋敷の在府武士・女中達も、珍しい鳥や動物に興味があり、見世物小屋見物に出かけたのではなかろうか。


通りを歩くゾウ

上は町を歩く象である、取り囲む群衆。『日本風俗史』藤岡作太郎・平出堅二郎著、東洋堂 明治29−30年刊 国立国会図書館デジタル化資料 拡大表示

右のカラー写真は、両国河岸の風景、人形の首を見せ歩く行商人。『いろは引き江戸と東京風俗野史』伊藤晴雨著、城北書院 昭和4−5年刊 両方とも国立国会図書館デジタル化資料



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