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●「浅草奥山生人形」絵・一勇斉国芳(歌川国芳)改印・安政2年(1855)4月 版元・井筒屋 彫り・彫津下庄司 国立国会図書館デジタル化資料 安政2年に浅草寺で観世音の開帳の折に奥山で興行された生人形。制作は熊本生まれの松本喜三郎31才である。国芳は、人形を実際に見て描いたようだ。国芳は見事に生人形の表情・質感を描いている。この年の10月2日に安政大地震が起きた。 |
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●「当世見立人形の内 粂の仙人」一勇斉国芳(歌川国芳)安政3年(1856)版元・松村彌兵衛 彫り・佐七 国立国会図書館デジタル化資料 粂仙人は、川で布を洗う洗い女の脛と白い太ももに惑わされ落ちた。これは誰でも知っている中国の故事から題材を取った物だが、他にも「風流人形の内」(一勇斉国芳)などには、古事記などに題材を取ったものが見られる。 |
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●生人形について…… |
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●この生人形は、題材を実際の事件から取っている。安政三年(1856) 吉原仮宅の遊女黛が自分の櫛、簪などを質に入れ三十両を作り、安政大地震で被災に遭った人々を救うために、御救小屋に寄付をした。北町奉行所から褒美として銀二枚が下された、そのことが大評判に成り「生人形興行」となり、その様子を描いた浮世絵が何枚か出された。豊国、国貞、国芳が確認されている。 絵中央の半裸の女性が遊女黛で、左の驚く男性が質屋の男である。両国河岸で行われた興行では、別に銭4銭を払うと黛を覗くための遠眼鏡を貸してくれたという。(参照・国立国会図書館月報 2007年4月号「稀本あれこれ 470 「生人形(活人形)の錦絵」川本 勉筆) ●「人形之図 内證」絵・応需豊国(歌川豊国)版元不明 安政3年(1856)彫り・彫千之助 国立国会図書館デジタル化資料 拡大表示 ●歌川国芳の見立て人形を見る。 (絵・一勇斉国芳 版元・本茂 安政3年) |
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生き人形を持ち道を触れ歩く大道芸人 浅草寺境内のイベントを知らせるチラシ(引き札) 『生き人形』の頭部 |
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●上の絵は、両国河岸で「生人形興行」を知らせ歩く大道芸人(行商人である)。前の台には、人形の頭部が置かれ、墨一色で摺られた引き札を売り、興行模様をしゃべりながら歩いたようである。(私見)『いろは引き江戸と東京風俗野史』伊藤晴雨著、城北書院 昭和4〜5年刊 国立国会図書館デジタル化資料 ●右は「徳川時代花見上臈体」三代安本亀八 明治20年 高さ・32.1センチ 東京国立博物館蔵 拡大表示 |
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●上の「為朝島廻り」は、大阪で大当たりをとり、江戸浅草奥山で興行された錦絵である。普通、見世物興行では、『興行開始のひと月半から半月ほど前までに、まず墨一色摺の絵入り引札(報条)が通常は一点出版され、市中で売られる。』(前述「江戸の見世物」)、それと同時に当たりそうな興行には多色摺りの錦絵が出版され、江戸の街角で売られ前人気を煽った。 ●「為朝島廻り」絵・一勇斉国芳(歌川国芳)安政3年(1856)版元・山口屋籐兵衛 大英博物館所蔵 |
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●「風流人形」絵・一勇斉国芳(歌川国芳)安政3年(1856)版元・本吉 大英博物館所蔵 幕末浮世絵目次 | |||||||||