享保年間(1716〜1736)に富士山本宮浅間神社を勧請した浅間神社
神社写真

        ● 浅間神社について  
享保年間(1716-1736)に富士山本宮浅間神社を勧請した神社である。昔は沢田村の鎮守様であった。祭神は木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)である。美しい女神である。
現在は環状7号線に面している。境内には稲荷神社、神楽殿、絵馬堂、手水舎などがある。左の写真は手水舎の「龍の水口」である。鳥居の側には冨士講の記念石碑がある。


富士講の石碑写真


狛犬は昭和15年(1940)の寄進、左に口を閉じた「子取り像」、右に「玉撮りの阿像」である。また、狛犬は新しく基盤を造り見上げるような高さになっている。写真のように台座の下を新しく作り、その上に載せている。写真
上は富士信仰の石碑大森南原の富士講立川講が建てた歌碑。立川講の先達「河合栄治郎」の歌が銘文となっている。百度石


  狛犬写真狛犬写真
住所 大森西2-2-7 京浜急行平和島駅近く
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