〈人々の信じたプレスター・ジョンとは何か〉 ●また別に未知のキリスト教徒の国の話がある。ヨハネの黙示録の予言にある。『千年の終わりてのちサタンはその檻より解き放たれ、出でて地の四方の国の民、ゴグとマゴクとを惑わし、戦いのためにこれを集めん。その数は海の砂のごとし』からである。ゴグとマゴクの国はどこかにある。中世の地図のほとんどは、その国を最北端に置いていた。 ここに登場するのがプレスター・ジョンの手紙である。 (1165年にビザンツ皇帝マヌエル・コムネヌスに届いた手紙が実在する)
《生き続けたプレスタージョンの伝説が、最後に生み出したもの》 ●14世紀になってもプレスタージョンの伝説は生き続けた。プレスター・ジョンの国はエチオピアにあるとする、新たな伝説が広まった。アフリカのエチオピアに生きているジョンは200才になったが、不思議な水を飲んでいるため、いまだに32才のままエチオピアの総司教として多くの司教を支配している。黄金も多くを所有しているという。住民は蜂蜜を飲んでいるとか、多くの話が伝えられた。この伝説に強い関心を持ったのがポルトガルのエンリケ航海王子である。『ジパング伝説』 宮崎正勝著 中公新書
《エンリケ王子の夢》 ●エンリケ航海王子がプレスター・ジョンの国を探していたことは、ゴメス・エアネス・アズララが書いた『ギネー発見・征服誌』にある。 彼の死後もポルトガル王はその国を探すために探検隊を出し、その航海中にディアスが喜望峰を発見したのである。 ●1520年、ポルトガルがエチオピアでキリスト教国を発見してけりがついた。あまりにも小さな国で、プレスター・ジョンと手を取り合って異教徒と戦うという、エンリケ航海王子らの夢は適わぬものとなった。