ー浮世絵が創った江戸文化 団扇絵の世界−歌川広重ー


歌川広重の名所絵は、江戸庶民に人気があった、形(かた)にはまった絵だという人もいるが、落ち着いた安らぎを与える団扇絵である。広重は数多くの団扇絵を手がけており、『その数は確認できる限り500個を下らない』(「広重の団扇絵」監修・解説=奥田敦子 芸艸堂刊 2010年)、その団扇は、参勤交代で国へ帰る軽輩の武士のお土産としても最適であったろう。

「亀戸小室井 梅園」絵・広重(歌川広重)安政2年(1855)版元・佐野屋喜兵衛 東京国立博物館蔵  現在の墨田区文花、小村井香取神社の隣にあった梅園である。江戸時代には、賑わったが明治43年(1910)の大水で廃園となった。

「東都名所雪の三景 墨田川はつゆき」絵・広重(歌川広重)名主単印・普勝伊兵衛 天保14年から弘化4年 版元・伊場仙 伊場屋仙三郎 東京国立博物館蔵  橋は今土橋らしい。東都名所雪の三景は、他に「神田明神雪の朝」と「両国雪晴の月」が知られる 

「江戸名所 雪」絵・広重(歌川広重)名主印・福島和十郎・村松源六 嘉永2年から5年(1849〜1852)版元・伊場仙 伊場屋仙三郎 東京国立博物館蔵  新吉原を描いた三枚揃い「花・月・雪」の雪である。雪の秋葉権現の前を歩む芸者

「東都名所 佃月夜之図」絵・広重(歌川広重)天保10年(1839)頃と思われる。版元・伊場仙 伊場屋仙三郎、東京国立博物館蔵  和船の舵部分に版元印・丸に久の印がある。月夜のぼかしが素晴らしい。

「東都月の三景 中州夏の月」絵・広重(歌川広重)名主2印・浜彌兵衛・馬込勘解由 嘉永2年から5年(1849〜1852)頃、『中州は安永初期に三ッ俣に出現した新地で茶屋が立ち並び、納涼や月見の人手で賑わったが、寛政元年(1789)に元に戻された』(「広重の団扇絵ー知られざる浮世絵ー」監修・解説 奥田敦子 2010年刊)東京国立博物館蔵 

「東都月の三景 高輪秋の月」絵・広重(歌川広重名主2印・浜彌兵衛・馬込勘解由 嘉永2年から5年(1849〜1852)頃、版元・辻文 辻岡屋文助 国立国会図書館デジタル化資料  高輪は月の名所である。広重特長の子犬がじゃれている。

「東都遠足名所 羽根田弁財天詣」絵・広重(歌川広重)版元。駿河屋作次郎 天保14年から弘化4年ごろか、国立国会図書館デジタル化資料  現大田区の羽田弁財天には、江戸から舟でお参りにやって来た。


「広重の団扇絵ー知られざる浮世絵ー」
監修・解説 奥田敦子 芸艸堂 2010年刊
おそらく一番団扇絵を描いたと思われる広重の団扇を集めた本。
海外にある団扇絵も紹介されている。

団扇絵について   ー団扇絵絵師目次ー
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