ー塚越明神と中丸稲荷が合祀して誕生した馬込の西二稲荷神社ー
写真 西二稲荷


鎌倉時代からの馬篭村
  この辺り一帯は武蔵国荏原郡馬込村よばれていた。塚越と中丸には正一位稲荷大明神があり村民に敬われていた。昭和21年(1946)11月3日に塚越稲荷神社と中丸稲荷神社は合祀され「西二稲荷神社」となった。
  ところが、鎮座した社地が都営交通局の地下鉄用地に要請され、氏子一同の賛成により、昭和39年(1964)に現在地に移住した。西二稲荷の御祭神は宇迦之御魂神である、現在の御神体は、佐藤清蔵氏(玄々先生)の制作による。(昭和37年、由緒碑より抜粋・詳細を見る)神社隣は児童公園になっている。


写真は移転前の昭和21年合祀された西二稲荷神社 
(西二丁目町会所蔵)
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移転前の塚越明神
 神主さんが祝詞を上げている写真、撮影された時期は不明
写真 河原義幸氏所蔵

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写真 西二丁目町会所蔵  
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左の写真
 境内にある青面金剛像。 左より、むかし中丸から塚越へ向かう路傍に祀られていた青面金剛像である。元禄15年(1702)願主川原源太左衛門他。 真ん中は、大正4年(1915)造立の青面金剛像、野村錫吉他。 右は享保6年(1721)造立、碑文に武州荏原郡馬込村中丸同行とある。

高橋松亭(弘明)版画
青面金剛像3体写真
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茶色の線は第二京浜国道の予定建設位置である、赤丸は塚越明神の位置(写真 昭和21年の稲荷位置)水色部分は将監谷と言われた泥地。上が五反田方向。

高橋松亭(弘明)版画
左の夕景は、高橋松亭(弘明)の新作版画「塚越明神」大正13年(1924)から昭和10年(1935)
どちらも昔の 正一位稲荷大明神(塚越明神)を描いたものである。左の絵は塚越から明神様に向かうところ、夜景の絵は、将監谷の沼地から塚越明神を見たところである。
イラスト
西馬込近隣
南馬込町航空写真


右は高橋松亭(弘明)の新作版画「馬込の朝霧」明治42年(1909)から大正12年(1937)

茶色の線は第二京浜国道の予定建設位置である、赤丸は塚越明神の位置(写真 昭和21年の稲荷位置)水色部分は将監谷と言われた泥地。上が五反田方向。
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 目次扉に戻る 住所 大田区西馬込2-18-6