ー矢口の渡しで謀殺された、新田義興の従者12名を祭る十寄神社ー


十寄神社(じゅつきじんじゃ)
  十寄神社(十騎神社)とも言うは、延文3年(1358)に新田義興と共に矢口渡しで討ち死にした従者12人を祭る。江戸時代には新田神社にお参りする前に寄る神社とされ大いに栄えたという。古くは十時明神とか十騎社といわれたが、いつからかか現在の名前になった。下の写真は参道から社殿を見たところ、社殿階段の横に先代狛犬(江戸時代)が鎮座している。

十寄神社社殿
十寄神社裏手には古墳があり、12名を祭った墓であると言われている。(右下写真参照)江戸期には新田神社と供に栄え、先にお参りしないと成就しない願掛け神社となった
イラスト
狛犬写真
写真は狛犬の尻尾、蝋燭の炎に例えられる。江戸時代によく見られる形である。
狛犬写真
狛犬写真

上と右の写真は社殿の入り口に鎮座する
狛犬(左右)である。高さは70センチほど
の小型の部類に属する。
 
狛犬写真 狛犬写真

十寄神社の狛犬について……

  十寄神社には2対の狛犬がある。参道手前の昭和14年6月寄進の狛犬と社殿入口にある享保3年(1803)の狛犬である。

 享保3年(1803)の狛犬は、頭に角の跡があり狛犬(獅子)の雄であろう。左の狛犬は顎したから耳にかけて髭を模した飾りがあり、雄の狛犬と思われる。右はその髭がなく雌の狛犬と考えられる。口の開きは同じようだが右の雌狛犬は下を少し出している。耳は垂れておりこのことからも狛犬(獅子)だと考えられる。髪は長く、雌のものは柔らかく体の前部分に流れている。全体の感じも雄の方が精悍で、雌は表情が軟らかい、よく見ると細かい部分にこっており石工の技量を感じさせる。

住所 矢口2-17-28  目次扉に戻る