ー馬込小学校の時計台の話ー
時計台写真
時計台の話……
  馬込八幡神社の前は馬込小学校である、その正門前にこの時計台はある。ちょうど八幡社の斜め前である。この時計は、大正4年(1925)に大改築を行いその時「校舎屋根」の上に付けられたものである。
 
  塔の高さ4メートル、避雷針2.5メートル、丸形の時計が嵌めこまれたものである。37年間、小学校のシンボルと親しまれた。
 
  昭和37年頃に現在の場所に移築された。失われる事を惜しんだ河原氏に払い下げられたためである、そのおかげで無機的な機能重視の時計台ではなく、人間的な親しみの持てる時計台を今も見ることが出来るのである。
 私が西馬込に越して来たときは、生徒数が多く小学校が午前と午後の2部授業であった。そのため梅田小学校が設立されて、晴れて一年生になった
。馬込小学校前の時計台のある家(参考。大田区史)2009.09.03更新
時計台のある家
昭和7年(1932)頃の地図(大田区立郷土博物館所蔵)では、時計台のある場所は消防用具置き場となっており、現在の大森消防署馬込出張所はないようだ。また「信用金庫」は小学校側にあり、現在とやや配置が違う。
  馬込八幡神社の横は、廃寺となった「光雲寺」となっている。神社後ろ側の崖は「和田」と呼ばれる低地である。江戸・明治の頃は、宮下の方から川(内川)が流れていたようだ。古い時代の伝承「馬込城」の要害となっていたのだろう。

( 住所・南馬込1-55番地 )
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