ー明治時代最後の狛犬はかなりユニークである、呑川沿いにある子安八幡神社ー


子安八幡神社社伝によれば……
 
当社は、 応永年間(1394-1428)に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請して創建されたという。江戸時代には小泉次太夫吉次の領地(旗本領)となり、子安八幡は氏神となって明治までの250年の長きにわたり崇敬された。祭神は応神天皇である。

先代狛犬は「諏訪社」の参道にあり、奉納は明治44年(1911)である。左右とも同一の阿像であり、狛犬、左の子供は社殿を見ており、右の子供は参道方向を見ている。特に下の写真のように目がつり上がり眼光は鋭い。足の爪も鋭くとがっている。巻き毛も長く尾近くまで伸びている。耳は後方に流れる、特徴ある狛犬である。オオカミを意識しているのか。

右の写真、左台座には「明治44年9月吉日 東京○芝区新堀町17番地 綜嶋熊吉 47才」とある。おそらく石工名であろう。  →

 

右側 同型阿像



右側 後ろ姿
先代狛犬の顔写真 台座の写真

左側台座の刻印
先代狛犬 吽像の後ろ姿巻き毛は長くストレートである。尾は長く左右に流れている。

下の写真は、大田区に残る一番古い鳥居。安永3年(1774)の建立。写真では分からないが、高さが低い、人がくぐる高さは180センチほどしかない。同じような鳥居は根ケ原神社にあった。
 
 
諏訪社写真 先代狛犬後ろ姿写真

上の写真は、諏訪社と先代狛犬。下の写真は現社殿と昭和狛犬(昭和38年)である。

現在の社殿写真
大田区最古の鳥居

 
この鳥居は総氏子が地頭の武運長久を祈り奉納したものと言われている


住所 北糀谷1-22-10 呑川八幡橋わき
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