ー村人の懇望により建立されたとの伝承がある樹林寺ー

樹林寺写真

日蓮宗、見延山久遠寺末、長照山樹林寺である。元は碑文谷法華寺の末寺であったが、不受不施派に与したため本寺替えされた。開祖伝説に拠れば、村人の寺建立の熱意により、江戸時代に法華寺の祖師像を遷座して祀られたという。
下写真のように道々橋の袂に立つ寺である。
道々橋写真 呑川写真
「道々橋」地名の起こり
 
  道々橋村は、江戸寛政以前に独立した村となった、その言われは呑川に橋を渡す時に、池上村との紛争により一村となった「ドドの詰まり、ドド橋、何時からか道々橋となった」(『池上町史』より)。独立心の強い村人が集まったらしく所有する土地を飛び地として差配した。三カ所の飛び地があり、池上本門寺裏にあたる所は「道々女木」といわれたが、第二京浜国道建設で消滅、現在は名前も残っていない、地下鉄の修理工場と操車場になっている。

写真の道は丸子渡しに行く小道で「丸子道」と言われた、左に行くと 根方の目黒道(第二池上道)につながる、右に登り行くと「道々橋八幡神社」をすぎて丸子の渡しにつながる。

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