池上本門寺 大坊本行寺の春と冬の景色、宝塔(御灰堂)
写真 本行寺裏側写真
上は日蓮聖人「入滅の間」   
宝塔写真
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『宝塔』(古くは御灰堂と呼ばれた)
 1828年(文政11年)、日蓮の550遠忌を記念して再建された。日蓮の荼毘所である。昭和50年に解体修理が行われた。方形の石の基壇上に蓮華座(だびしょ)を作り、その上に円形の宝塔、方形の屋根をのせている。この宝塔形式はあまり例がなく、都の文化財に指定されている。

 昭和20年(1945)の戦災で池上本門寺は、五重塔、経蔵、宝塔、総門を除く諸堂は焼失した。また、多くの墓石も焼夷弾をかぶり黒ずみ剥落したと思われる。この時に多くの池上本門寺記録が失われて墓地の詳しいことは分からなくなった。


本行寺写真
改修がなり美しく再生した宝塔
長崎大学古写真データーベースに残る
明治期の宝塔写真
紀伊徳川家あたりの墓地から見た
長崇山本行寺。拡大表示
大坊坂写真  


右の写真は、大坊本行寺の裏側、墓地に通じる坂道。この道は桜咲く頃には開けた紀伊徳川I家の墓地に向かうため、何か桜の園に向かうような不思議な感じがする石段である。別名、大坊の女坂と言われる

大坊本行寺
は、日蓮上人が入滅した池上宗仲屋敷跡に建てられた。寺挌も高く、本門寺の役寺である三院家の筆頭である。境内には日蓮上人入滅の時、庭前の桜が咲き乱れたと言う伝承の『御会式桜』がある。これがお会式に「桜の花」の造花を使う理由である。

日蓮上人が池上邸に着いた時、宗仲夫妻がもてなした料理『ひきづり豆腐』の伝承を持つ寺である。今でも毎年9月18日に参詣者にふるまわれる。


御会式桜写真

右は坂上から見たところである。2008年の唯一の雪景色。雪が多いと綺麗な風景になるのだが。

写真


右の写真は境内にある神社、神仏混合の時代である。上は「御会式桜」の冬景色、
真ん中は「硯洗い井戸」、この井戸に行く道標 

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