水田開墾と六郷用水の跡を探す…六郷用水ー5
写真
平間街道と平行して流れる用水
 千束・石川流と六郷用水は合流して不入斗・新井宿用水として平間街道と平行するように流れていった。
現在の赤十字病院前の道が同用水跡である。洗足池より流れる「千束・石川流」は、長慶寺あたりから目黒道脇の小川になり梅林あたりから目黒道と分かれ、稲荷橋あたりから呑川に合流した。昭和初期の地図では上記のようだが、それ以前、江戸・明治頃はこのあたりまで流れて、合流したのではないか。
ここより、六郷用水は平間街道と平行して赤十字病院あたりまでほぼ真っ直ぐである。
写真左、緩やかにカーブする六郷用水跡の道。
2008.05.20 更新
大田区制作の地図写真
写真は、池上道(平間街道)が池上本門寺脇の呑川にぶつかるところにある六郷用水の説明看板。住所・池上1丁目30番地。
  地図看板は、大田区土木課が製作したもので正確で分かりやすい。かなり劣化が進んでいる。朽ち果てるには惜しい看板である。 地図には古い池上道(平間街道)や「平間の渡し」も書かれている。画面表示は大きな写真で見て欲しい。白い文字表示部分は見やすくするために筆者が書き入れたものである。

左のイラストは、江戸時代からの新井宿村と不入斗村辺りの絵図である。中央斜めに横切るのは、平間街道(旧池上道)で、その下に平行しているのが六郷用水である。
 
大森赤十字病院前の道が六郷用水を埋め立て出来た道で、環状七号線の手前で直角に海の方向に曲がっている。大田区の文化の森情報館付近には、用水を渡る小さな橋「美皿橋」昭和10年(1935)の跡があり、少なくともその頃まで水が流れてたと推測する。
 左地図/『入新井町誌』 編者・角田長蔵 編集兼発行人・岩井和三郎 昭和2年(1927)10月20日刊
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