ー下道(平間街道)を実際に歩いてみる−1


平間街道を紹介する本


1.『街道の日本史21 鎌倉・東海道』編者 神崎彰利・福島金治(株)吉川弘文館 2002年発行
2 .故北倉庄一氏のホームページ「街道を尋ねて」である。実施踏査調査をしており判りやすい。PDFファイルがあるのでダウンロードして読んでほしい。
3. 『鎌倉街道 V 実地調査・史跡編』蜂屋敬啓著 有蜂書店 昭和57年刊


大田区設置の石碑写真
(注)街道案内本で注意することは、道や住所が本の発売時期と変化していることである。特に保土ケ谷あたりは変化が激しく不明な部分が多い。   熊野神社の階段写真

『旧鎌倉街道 探索の旅 下通偏』芳賀善次郎著 さきたま双書 (株)さきたま出版 
  平成12年 この本は下道について実際に踏破されて書かれている。他に鎌倉から発する道として『上道偏』『中道偏』『山ノ道偏』の三冊がある

池上道にある記念の石碑、横には 内川の橋があった。

熊野神社詳細を見る


この付近(大森駅前)は将軍家の御狩場であったので、八代将軍吉宗も狩りにきたといいます。地元の百姓達は幕府が定めた助郷(すけごう)により、勢子として狩りの手伝いに無償でかり出されていました。

 左の写真は、古代から使われた東海道から、おそらく梅屋敷あたりから、池上通りに繋がった道、明治初期の鉄道建設で切られ行き止まりとなったようです。池上道から南品川に繋がっているようです。道幅は3間(5.4メートル)ほどくねくねと曲がり、覆い被さるような木が道を覆っています、昔の街道の雰囲気がよく残っていいます。(写真は山王下、大森貝塚付近)


梅屋敷からの古い街道
善慶寺写真 義民由来
池上道入り口写真 写真上はその由来の看板と善慶寺の石碑。階段をあがると熊野神社である。

古い池上道(平間街道)の入り口→
 古い池上道を多摩川の「丸子の渡し」まで歩いてみよう。 八景坂を下り池上方向に歩くと、両側は大森商店街である。環七の立体交差が見える近く、大森郵便局前に善慶寺がある。すぐ先の商店街(写真右)が旧池上道の入り口である。


善慶寺は義民六人衆の墓がある
 1673年、領主木原氏の過酷な年貢取り立てに耐えかねた農民が直訴におよんだが、直前に捕らえられて斬首となった。墓を境内に移したとき、墓石の下から大きい瓶が発見された。遺骨も入っていました。本堂内で拝観することが出来るようです。
善慶寺詳細を見る

写真左は、旧池上道(平間街道)の入り口である

この寺を右に見て、東京ガスショールームの右斜めの道が古い道である。何の標識もありません。環状七号線を越えていくと写真上の「いにしえの東海道」石碑があります。住所 山王3ー22ー16

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