江戸時代の奇人か天才か、異彩を放った平賀源内


天才、平賀源内について……

晩年の10年間で平賀源内には、全部で9編の浄瑠璃戯作があります。そのうち3編が合作です。彼の戯作の特長として、本草(薬学的なもの)などのトリックを持ち込んだことにあります。例えば「白紙の密書を渡し、水に浸せば文字があらわれる」、「ちん毒などで人を殺す」「水銀を使う」など目新しいものを取り込みました。

また、江戸っ子に受けるように題材も江戸や江戸近郊のものを選び、言葉も上方から江戸方言や郭(くるわ)言葉を使うなど工夫を凝らしています。江戸の義大夫節の先駆けになったのが平賀源内だったのです。
(参考『平賀源内』城福勇著 株式会社 吉川弘文館 昭和46年 発行)
写真は『戯作者考補遺』所載の木村黙老による平賀源内の肖像画


平賀源内は戯作者としても筆を振るい、「風流志道軒伝」六巻や、浄瑠璃本「神霊矢口渡」などで封建社会を風刺して戯作者の元祖の一人とも言われています。体制を皮肉ったニューアンスが江戸の庶民に受けたのかも知れません。それとも、判官贔屓の日本人の性癖が謀殺された新田義興への同情になったのかも知れません。平賀源内の生きた時代は、徳川吉宗や大岡越前の改革が動いていた時であり、庶民は希望や不安の交錯する高揚した気分の中にいた、それらが受けた要因の一つかもしれない。

今日、正月に神社で「破魔矢」を売る習慣は平賀源内が考え、売り出したのは新田神社が初めてだという。一般に良く知られている話「土用のウナギ」は、平賀源内がウナギ屋のために考えた事だそうです。今なら総合プロデューサー的人間だったのでしょう。
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