釣り堀として親しまれた小池、将来は公園として整備される

小池写真


小池の歴史は古く、戦国時代永禄(1558〜70)の頃にはその名前が見える。洗足池の支流として「内池」と言われて今よりも大きかったらしい。雨が降ると氾濫して洪水となり難儀した、そのため池の周りに土手堤防を築いた。このことから近くの村を堤の傍らの村である堤傍村と呼んだ。その後「堤方村」になり、現住所は上池台2丁目あたりである。(参考「きえゆく東京の地名」本間信治著 (株)自由国民社 昭和62年(1987)刊

小池も湧水の池であり、古くより灌漑用水として「千束池」と共に利用されてきた。昭和4年(1929)になると耕地整理が行われ池の一部は埋め立てられた。その後、昭和9年(1934)に釣り堀として多くの釣りマニアに親しまれた。子供の頃いちどは訪れた人も多いに違いない。昨年には所有者であった洗足風致協会から大田区に寄付され、釣り堀も閉鎖となり、大田区が上池台小池公園にするためフェンスで囲んでしまった。

  平成21年(2009)には完成の予定という。しかし、公園計画では池をコンクリートの底部として大きさも40パーセント小さくするようだ。また、釣り堀で使用された鉛の重りが数多く沈んでいると言う指摘もあり、鉛害も心配されている。上手く住宅街のオアシスとなることを祈りたい。(住所 上池台1ー36)

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