ー奥絵師である狩野家には、幕府の慶事を
絵巻にする仕事があったー


絵巻「徳川種姫婚礼行列図」絵師・狩野養和(詳細不明)右から2番目部分


天明7年(1787)11月27日、10代将軍家治の養女種姫が紀州徳川家治宝(輿入れ時は岩千代)に輿入れした。種姫は御三卿田安家の初代当主田安宗武の娘である、徳川御三家に将軍の養女が輿入れする一大イベントである。輿入れの様子を記録することが御絵師狩野家に命じられた。金地の背景に輿入れの詳細が描かれた。東京国立博物館に一部が公開されている。
種姫の輿入れは豪華であり、将軍家斉の頃になると幕府と大名家の財政悪化により格式を下げざるを得なかった。将軍の姫が輿入れすると「御守殿」と呼ばれる御殿を建て住んだ。普通は御正室様と呼ぶが種姫は御守殿様と呼ばれ格が上であった。また、三年間は毎年7000両が御守殿費用として幕府から支給された。
 輿入れ共揃いの 服装も決められており、士分以上は無地熨斗目、半袴と決められていた。共揃いの集合は5時となっている。絵の中に描かれている武士は御徒の下級武士であり、士分(槍を立てる・持つ事が出来る)の武士はいない。


狩野養和とは、木挽町狩野家、勝川院雅信門下に連なるらしい、有名な狩野芳崖や橋本雅邦と同門である、ここまでは狩野家系図でたどれるが、以後詳細不明。

右から3番目 駕籠は種姫付の女中である。

東京国立博物館・http://www.tnm.jp/   


狩野派絵師の
仕事……


狩野派奥絵師の仕事
 
  毎月2日間、決められた日に伺候(登場)して描いた。(上記のような巻物)勿論、幕府作事の障壁画等、記録巻物、これらの仕事は将軍や老中に描く内容のラフスケッチやミニチュアでプレゼンテーションをした。建築物では、何分の一かの縮図で模型を作って、将軍に上覧して許可を受けた。いま我々が博物館で見る建築展示物を作っていた。また、古画鑑定も大きな仕事であり、探幽は鑑定のために大変な勉強をしていたようだ。狩野家では塾頭が鑑定を行い、鑑定料は一両であったと言われる。以上のような御用仕事は、多岐にわたったと思われる。狩野晴川院養信『公用日記』

図譜の画を描く……知られていない図譜の仕事  江戸図譜目次
 
  『探幽をはじめ、宗秀、安信、典信(栄川院 )惟信(養川院)のほか、正敦の没後も活躍する養信(晴川院)まで、自ら描いたもの(安信の「がらん鳥」のみか)と、木挽町狩野家の蔵図が収録されている。』(『江戸鳥類大図鑑ーよみがえる江戸鳥学の精華『観文禽譜』ー』鈴木道男編 株式会社平凡社 2006年刊 定価35.000円)、これは江戸時代に作られた鳥類図譜の最高峰と言われる堀田正敦の『観文図譜』に狩野派が参画していたことを示す記述である。

 木挽町二代目・狩野養朴常信
の仕事

写真 常信下絵
狩野常信(木挽町狩野家)
写真 常信下絵−2
狩野常信−2 

狩野養朴常信(1636〜1713)は尚信の子、木挽町狩野家の2代目である


  通称は右近といい温和しい穏やかな性格であったようだ。安信と上手くゆかずに狩野派内ではなかなか地位があがらなかった。宝永元年(1704)に法眼、宝永6年に法印となる。探幽と同様に古画鑑定に力を入れ、その縮図『常信縮図』60巻(東京国立博物館蔵)を残して評価されている。図譜として『草花魚貝類写生図』『鳥写生図巻』一巻などがある。東京国立博物館には探幽を始め狩野派の絵師の絵が残されている。左の画は、鳥写生図巻の鳥の下絵であろう。(東京国立博物館蔵)


 木挽町四代目・狩野栄川古信の仕事

写真 古信下絵 鷹
木挽町狩野家四代目 狩野栄川古信(1696〜1731)
 
  徳川幕府中興の八代将軍吉宗に仕えた御絵師である。何事にも好奇心旺盛であった吉宗は、絵の手ほどきを受けて、自ら描いた絵も残されていると言う。左は栄川古信が残した鷹の下絵である。将軍家の権威の復活に、吉宗は鷹狩りを復活させた。 その折りに津軽藩松平家から献上された鷹2羽を描いたものではないか。(東京国立博物館蔵)


 木挽町九代目・狩野晴川院養信の仕事



『蒙古襲来絵詞』模本 狩野晴川院養信

「蒙古襲来絵詞」は鎌倉時代の肥後国御家人竹崎季長が作成したも言われ、元寇との戦いの文永・弘安の役の様子が絵と詞書に克明に記録されています。模本も40数種がある。


木挽町狩野家九代目 狩野晴川院養信(1796〜1846)
 
  江戸後期の絵師であり、探幽以後の狩野家を支えた人物である。その活動は
狩野晴川院養信『公用日記』 に見ることが出来る。絵師がどのように活動したか伺える貴重な資料である。また、探幽同様に古典の絵画を研究したり、養信縮図を制作した。左の絵はそのひとつで土佐長隆の模本を模写したものである。和紙にさらさらと描いているが確かな腕である。(東京国立博物館蔵)
(注)土佐長隆とは鎌倉時代の絵師であろうが詳細は不明である。


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