ー死後の冥福を祈り、生前に建立した寿福院の十一層塔ー
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江戸幕府 が開府され、幕藩体制を確保するために大名の妻が江戸に集められた。寿福院は利家の正室芳春院(2代利長生母)付の侍女であったが、利長の側室となり三代利常を生む、家康との関係を悪化させないため関ヶ原前年に芳春院が人質として江戸の送られ、15年にわたる人質生活ののち金沢に戻る。替わりに送られたのが寿福院である。彼女が生前に死後の冥福を祈り造ったのが十一層塔である。現在は5層のみが残されている。
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五重塔参道入り口左側にある、高さ3.77メートル。日樹の銘文があり、造立年代は元和8年(1622年)で前田利家夫人寿福院日栄が生前に建てた逆修供養塔である。彼女は熱心な法華信仰者であり、京都の妙顕寺にも同様な層塔を造立している。天保4年(1833)に修復が加えられている。この墓域は現在整理が行われている。


上の写真は横にある舟型の観音 「霊場百番供養塔」寛保3年(1743)
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