日朝堂……常唱堂(にっしょうどう)
 
題目堂(だいもくどう)とも言われ堂内には、行学院日朝聖人像を奉安する。昭和48年(1973)にお題目修行の場として近在結社の方々により再建された。日朝大上人は、寛正3年(1462)に身延山久遠寺11世法主となり、37年間の在任中に今の場所に久遠寺を移し、宗門の法制や年中行事の整備、門前町の整備などに尽力をつくし、次の12世日意、13世日伝と共に「身延山中興の三師」と言われている。また、日蓮聖人の業績を伝える多くに著述や関東一円の新寺を40余り建立するなどの業績があります。

それらの働きの無理がたたったか、61才の時失明する、しかし日蓮宗への厚い信仰から67才の時に眼病は治りました。その体験を『眼病消滅本尊』にまとめ、法華経を信じる人が眼病であったら平癒させるという願を立てられました。そのため、日朝堂は「目の神様」「学業の神様」として親しまれています。

 

日朝堂の場所は「此経難持坂」を上がった仁王門の左側にある。 写真は日朝上人略起である。
 


日蓮大聖人説法像

 銅像の彫刻は北村西望である、北村西望(1884〜1987)は長崎県南高来郡南有馬村生まれである。よく知られる『長崎平和祈念像』を始め、勇壮な人物像表現を得意とする、内からあふれ出すような量感表現はすばらしい。写真の『日蓮大聖人説法像』以外にも長崎島原城に『日蓮像』があり、アトリエのあった井の頭公園に『日蓮像』がある。日蓮の生き方への共感かも知れない。

この像は、明治の政治家星亨の像台座を利用して建てられている。星亨子孫の好意により実現したとある。像は純アルミ製、高さ3.4メートル、総重量1トンである。宮崎県新湊の黒谷美術奉納で700年遠忌を記念して制作された。
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