ー長栄山池上本門寺の奥まった聖域に建つ本殿 日蓮聖人をまつるー
  • 本殿………昭和20年(1945)4月15日の空襲により焼失した釈迦堂は、昭和44年(1969)、日朗聖人第六百五十年遠忌記念事業により再建された。落慶供養大導師は第八十世金子日威聖人である。建物は、間口25.2メートル、奥行50.4メートル、棟高14.4メートル、鉄筋コンクリート造、寄棟造裳階付 本瓦葺 面積1270.08平方メートルである。昭和30年代の本門寺復興途中の航空写真を見る。

    正面内陣には仏教美術教会の日本を代表する仏像制作による彫刻が鎮座する。
     木造釈迦如来像 阿井瑞吟師作 内部には故ネール首相より贈られたガンジー伝来の釈尊の真舎利二粒が奉安されている。
     木造上行菩薩像 先崎栄仲師作
     木造無辺行菩薩像 西山如拙師作
     木造浄行菩薩像 森 大造師作
     木造安立行菩薩像 野坂法山師作
     木造祖師像 野坂法山師作



左ー仁王像拡大
右ー仁王像拡大
 

池上本門寺本殿の仁王像制作につて……圓鍔勝三(日本芸術院会員)

  左 に安置されるのは呼形(うんぎょう)、密迹(みっしゃく)金剛である。手に金剛杵を持ち、帝釈天の武器である、一振りで天候でさえ左右する力を持っています。右の仁王像は阿形(あぎょう)で那羅延金剛(ならえんこんごう)または那羅延堅固王(ならえんけんこんごう)とも言われます。昭和50年(1975)正月より全国の仁王像を訪ね始め、二分の一(2メートル)の塑像原型から本番の4メートルの木彫に取りかかるつもりです。(『史誌 6号』大田区史編纂委員会編)

圓鍔勝三(えんつばかつぞう)写真
明治38年(1905)広島県尾道生まれ本名は勝二である。昭和45年(1970)に日本芸術院会員、昭和57年(1982)文化功労賞、昭和63年(1988)に文化勲章受賞、平成15年(2003)死去、97才。
池上本門寺の仁王像制作には、アントニオ猪木がモデルを務めたと言われる。

本殿の後ろにある御廟所………
 ここには宗祖日蓮聖人の御灰骨を奉安する墓塔が中央の廟堂におまつり。向かって左の廟堂には第2世日朗聖人の墓塔が、右には第3世日輪聖人の墓塔が安置されている。 昭和54年(1979)宗祖第七百年遠忌報恩事業により再建された。落慶供養大導師は第八十世金子日威聖人 、総尾州檜造 天平様式八角堂 銅板葺 浄域 幅24メートル 奥38メートル 912平方メートル。
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