北斎は滝の流れと時間を止め、祈りの滝から命の
水とした『諸国瀧廻り』

浮世絵

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1.「木曽海道小野ノ瀑布」
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2.「木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧」拡大表示
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3.「美濃国養老の滝」
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4.「相州大山ろうべんの滝」拡大表示
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5.「下野黒髪山きりふきの滝」拡大表示

6.「和州吉野義経馬洗滝」
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7.「東都葵ヶ岡の滝」
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8.「東海道坂ノ下清滝くわ
んおん」  拡大表示
 


「諸国瀧廻りシリーズ」画・葛飾北斎 8枚揃い 版元・西村屋与八 天保4年から天保8年(1833-1837)東京国立博物館蔵 絵の順序は、大きな瀧から小さな瀧に並べてある。

北斎は、自然に畏怖と崇敬と親しみを抱く浮世絵師である。諸国瀧廻り8点でも、畏怖を抱かせ人間を拒絶する滝として描く、また、町中の生活に使用する水を庶民の親しみの瀧として描く。

1. 「木曽海道小野ノ瀑布」を選んでいる。垂直にそびえる超高層ビルのように、冷たい外壁のような滝である。滝ではなく瀑布である。

2.
「木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧」は信仰の滝であり、人間は祈ると共に仏の懐でくつろいでいる。滝口の向こうは仏の国である、そこから溢れるばかりの水が流れて来る。

3.
「美濃ノ国養老ノ滝」も実際の滝とは違い、まるで大滝である、北斉の空想の滝である。でも、素晴らしい造形力である。

4.相州大山の大山講である、滝に打たれ祈りを捧げている。大山講に出発する前に浄めを行った。「東都名所 両国の涼」を見る

5.「下野黒髪山きりふきの滝」は良く知られた絵である。流れる水が生命を持った水のように感じられる、人は危険を感ずることもなく、滝壺まで近寄っている。まるで木の根のように見える水の流れである。

6.「和州吉野義経馬洗滝」は、水は生活に必要な第一のものであり、人は恐れることなく、水量は多いのに馬と共に水に入ることが出来る。

7.「東都葵ヶ岡の滝」は生活の中に入り、人が制御している水である。灌漑池か、石積みから流れ落ちる水は、優しく流れ落ちる、北斎の水表現も泡が流れ落ちるような描写をしている。赤坂溜池から流れでた水である。

8.最後の「東海道坂の下清滝くわんおん」は、現在の三重県鈴鹿峠前の坂下宿近くの滝である。画中の細い道を上がった所に御堂があり、阿弥陀如来ほか三体が安置されていた。お参りに行く人がいる、滝は画面中央を岩づたいに流れる黒い筋だろうか。このシリーズは北斎の構成力の確かさが感じられる。水の表情をこれだけ替えられるのは、さすが画狂北斎である。

この瀧廻りは、『富嶽三十六景』 と同版元の西村屋与八から同時期に出された連作。版元が富嶽の売れ行きを見ながら、先に、「東都葵ヶ岡の滝」「下野黒髪山きりふりの瀧」「東海道坂ノ下清滝くわんおん」「美濃ノ国養老の滝」を出し、ついで残りを刊行したという。
参照 ( 浅野秀剛氏「北斉決定版」別冊太陽 平凡社 2010年刊)、富嶽三十六景と同じように北斉独自の奇想が光るシリーズである。

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