ー葛飾北斉の制作風景 『北斎仮宅之図』ー


『北斎仮宅之図』露木為一筆 江戸後期 国立国会図書館所蔵

 右の絵は葛飾北斎の制作風景で北斎を語る際に良く見られる絵である。背を丸めて絵筆をふるっているのは北斎で、左は娘の阿栄(おえい)・(葛飾応為)である。娘の左側にあるのはミカン箱に入った祖師像(日蓮)であろう。墨田区の北斎美術館でもこの絵は立体的に再現された部屋がある。私は北斎美術館に行ったことは無いが、ミカン箱の中に日蓮が祭られているかどうか興味がある。一般的な北斎解説書では、北斎が熱心な日蓮宗であったことは記載されていない。この答えは、明治26年(1893)に出版された『葛飾北斎伝』にある。

『翁が本所亀沢町榿(はんのき)馬場に住せし頃の室内のありさまを画きて、余におくる。図中巨燵を背にし、布団を肩にかけ、筆を採り画き居るは、即北斎翁にして、其の傍らに座し、翁が画くを窺いみるは、即娘阿栄なり。室内のさまは、いづれもあれはてて、翁が傍らの杉戸には画帖、扇面之儀は堅く御断申候、三浦屋八右衛門とかきたる紙を貼りてあり。又阿栄の傍らの柱には、蜜柑箱を少し高く釘づけになして、中には、日蓮の像を安置せり。火鉢の傍らには、佐倉炭の俵、土産物の桜餅、鮓の竹の皮など、取りちらし、物置と掃溜めと、一様なるが如し。』
「葛飾北斎伝 2巻」飯島半重郎(飯島虚心)著 蓬枢閣出版社 明治26年(1893)

 『翁が本所亀沢町榿(はんのき)馬場に住せし頃の室内のありさまを画きて、余におくる。図中巨燵を背にし、布団を肩にかけ、筆を採り画き居るは、即北斎翁にして、其の傍らに座し、翁が画くを窺いみるは、即娘阿栄なり。室内のさまは、いづれもあれはてて、翁が傍らの杉戸には画帖、扇面之儀は堅く御断申候、三浦屋八右衛門とかきたる紙を貼りてあり。又阿栄の傍らの柱には、蜜柑箱を少し高く釘づけになして、中には、日蓮の像を安置せり。火鉢の傍らには、佐倉炭の俵、土産物の桜餅、鮓の竹の皮など、取りちらし、物置と掃溜めと、一様なるが如し。』
(注)アンダーラインが示すようにミカン箱には、始祖日蓮を祭っている。(写真は部分拡大)

露木氏が言うには、北斎はいつも『法華経普賢品』の「阿壇地」(あたんだい)を唱えていた。それは外出の途中でも、唱えて止めなかった。知人に会ってもやめなかった。北斎は雑談することは嫌いであったらしい。「葛飾北斎伝 2巻」飯島半重郎(飯島虚心)著 蓬枢閣出版社 明治26年(1893)

『按ずるに、北斎翁仏法を信じ、日蓮宗に入り、深く日蓮を尊崇せしものともわれる。かの日蓮の霊場と称する、池上本門寺および堀之内妙法寺へは、時々参詣せしと。かの親交せし押上の妙見は、日蓮宗の寺にありて、墓所誓教寺は、日蓮宗なり』、池上本門寺は第二次世界大戦の空襲により被災して焼失した、大部分の資料は失われ、北斎が参詣したかなど不明である。

『葛飾北斎伝』飯島虚心著 鈴木重三校注 (株)岩波書店 1999年発行

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