幕末期の江戸は世界に誇れる文化水準にあった。
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『江戸名所図会』天保5年(1834)(巻の一)

上記の絵は、日本橋通油町にあった本問屋「鶴喜」(鶴屋喜右衛門)の店頭風景である。
  御女中を乗せた籠が従者と共にやってくる。空には凧があがっていることから正月とわかる。また、正月2日が初売りの日なので日にちまで特定できる。 店の前には鶴喜の風呂敷を担いだ男が見える。これは、『大きな風呂敷包みを背負って店に入って来ているのは鶴屋喜右衛門の世利である。〈中略〉自前で商売している者である。他店を回って商品を仕入れてくることが仕事の内容で、中間業者の歯車の一つである。』貸本屋に絵草紙を届けに行くのだろうか。店の左端には、おそらく納品に来た書物問屋村田屋の男が見える。(「絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ」鈴木俊幸著 平凡社選書 2010年刊)

『錦絵 江戸の名産にして他邦に比類なし中にも極彩色殊更高貴の御翫ひにもなりて諸国に賞美する事尤も夥し』画中右上の文章。
 
  店内では錦絵を選んでいる客が二人いる。その後ろには、大量に積まれた本(絵草紙)か錦絵がみえる。店のやや奥まった所には、挨拶帰りの娘が二人腰掛けて、これから贔屓の役者絵を見るのだろうか。のどかな正月風景である。 (参考「江戸っ子は虫歯しらず 江戸文化絵解き帳」石川英輔著 講談社 2012年) 絵「江戸名所図会」国立国会図書館デジタル化資料


明治 東京風俗野史

浮世絵店 風景
  京都の書物問屋鶴屋善右衛門の江戸店(左)
  江戸には江戸名所図会でお馴染みの通油町江戸本店と、茂兵衛店、元浜町の三店舗があった。店の看板に、長唄、清元などの本も扱っていることから、元浜町店と考える。店には町娘が腰掛け、商品を選んでいる。店先には娘が連れてきたと見える犬が寝そべっている。正月らしく門松などの飾り付けがある。

「江戸土産之内 絵さうし見世」絵・落合芳幾 文久元年(1861)東京都立図書館蔵 
 
  幕末文久の絵双紙店の風景である。殺伐としているのは武士の社会であり、江戸の娘達は役者絵に夢中である。店番のやり手婆にただ見を咎められ、追い払われる娘達か。

『いろは引江戸と東京風俗野史 巻一』伊藤整晴雨著 城北書院 昭和4年 国立国会図書館デジタル化資料 


今様見立士農工商」歌川国貞 安政4年(1857)板元・魚屋栄吉 
国立国会図書館デジタル化資料
 


「今様見立士農工商」は全て女性が主役である。
 

腰掛けて錦絵を見る母子、母は品定めの様子である、娘は熱心に役者絵らしい浮世絵に見入っている。店の手前には売り出されたばかりらしい錦絵を斜めに並べ、その後ろには目立つように吊された錦絵が見える。天保の改革で、この吊し売りが問題になり役者絵は禁止され、嘉永年間より検閲を受け「シタ賣」印を押して目立たぬように下において売るように指導された。
 おとなしく従っていた版元は、天保の改革が挫折すると、幕府の出方をうかがいながら徐々に「シタ賣」を利用して販売を始めた。彫りや摺に手を掛けた豪華な浮世絵を、そっと出してお得意さんに売ったらしい。江戸の商人はしたたかである。

版元自らが自分の店を描いたもの、有力な地本問屋の魚屋栄吉である。もちろん江戸の絵双紙屋すべてが、こんな立派な店先ではない、しかし基本的に同じような展示方法をとっていた。まず一番人気の役者絵が店の目立つところに、次に美人画がくる。店によっては役者絵を店頭の一番目立つ店頭に吊した、これが吊し売りであり、現在のポスターと同じアイキャッチである。役者絵は歌舞伎の興行と密接な繋がりがある。興業の前宣伝で集客に活用、また興業中は記念のお土産である、興業が終われば売れ行きが落ちてしまう。役者絵の中でも人気歌舞伎役者の姿が必要である、市川海老蔵が上方に追放された天保の改革が、絵双紙屋にとって如何に大きなダメージであったか示している。


江戸有数の繁華街、芝神明前三島町の書物問屋
   「泉英堂」(和泉屋吉右衛門)店頭風景

   

泉英堂の店頭風景である。別の資料によれば、和泉屋市衛門とあり、店の名前も「太助店」となっている、絵には泉屋の屋号が見える。絵本、草双紙、錦絵などを扱う江戸を代表する地本問屋である。
 近くには大名屋敷のある大名小路があり、地方から参勤交代でやってきた田舎武士は休みの日に神明町や浅草に繰り出した。帰国の時には江戸土産として錦絵や玩具絵を買っていった。店頭には錦絵を見つめる武士の後ろ姿や、武士の子供が両親に喜んでぶら下がっている、その後ろには大きな玩具らしき物を担いで下男が従っている。店には斜めの台に錦絵が展示され、左には子供を背負った夫婦ずれの後ろ姿と座って選んでいる男が見える。
 人気のある浮世絵は役者絵で、風景画はあまり人気がなかったと言われる。
 ■絵「東海道名所図会」国立国会図書館デジタル化資料



有名な版元、蔦屋重三郎(耕書堂)の見世
(店)  
「江戸紫」絵・石川豊信(1711ー1785)作者・浪華禿帚子、黒摺り、三冊 明和2年(1765)刊、版元・梅木三郎兵衛 
 町の本屋である。右に書林・本の看板と主人と客が見える。絵から判断出来る事は、錦絵は扱わず地本のみの本屋であろう。また耕書とは、本が高価なため、全部を筆写して売った本である。字の上手な下級武士が内職で行っていたと言われる。 国立国会図書館デジタル化資料
 

木版画草紙
「狂歌東遊」浅草市人他 版元・耕書堂 蔦屋重三郎 寛政11年(1799)、25.7×17.4センチ    
版元耕書堂の店先である。店は、新吉原五十間通東側引き手茶屋蔦屋次郎兵衛の軒先にあったが、年号から二代目重三郎の通油町の店であろう。店では、侍が本を選んでいる、その後ろには従者がいる、右には本を運んできた男が見える。寛政3年(1791)、京伝作洒落本3点が発売禁止、身体半減の闕所の処罰を受けた。店の間口が半分になった所である。絵は葛飾北斎である。  国立国会図書館デジタル化資料
木版画草紙「的中地本問屋」(あたりやしたぢほんどいや)十返舎一九作画、享和2年(1802)版元・村田屋次郎兵衛、上下2枚

  この絵は、十返舎一九作の草紙が大人気、版元から品物を担いで向かう世利が引っ張りだこになる場面である。当時の製本作業がわかる資料として価値がある。 国立国会図書館デジタル化資料

江戸時代の本は高価で、15匁から26匁と職人の手間賃3日分であった。町民には買う事が出来ず貸本に頼った。文化5年(1808)頃の江戸では、貸本屋組合員は656人いたという、一人の貸本屋のお得意様は180軒前後であるから、かなりの読者人口である。参照・『大江戸エネルギー事情』石川英輔著 講談社 1993年刊 

「三七全伝南柯夢」(さんしちぜんでんなんかのゆめ)絵本 曲亭馬琴作 葛飾北斎画 文化5年(1808)、復刻版・大正5年(1916)絵入文庫刊行会刊。『椿説弓張月』『南総里見八犬伝』と並び、馬琴の三代傑作である。唐傘や提灯の内職をしている侍の家か、左に貸本屋が歩いている。 国立国会図書館デジタル化資料


 貸本屋…本を背負い家まで届ける


江戸行商人 暦売り
町中を流して売った
「振売り(ふりうり)」

上の絵は「暦賣」(守貞漫稿)にのっていた暦賣 である。おそらく暮れの間だけ現れたのであろう。国立国会図書館デジタル化資料所蔵

絵草紙
鳥居清倍も絵双紙屋(行商)を描いている。彼の生没年は元禄4年か5年(1962)とも、没年は享保3年(1718)とも言われている。丹絵・漆絵を描き、活躍したのは正徳年間頃と言われ、その頃、町に見られる絵双紙売りを描がいたと思われる。

「絵草紙」絵・鳥居清倍 18世紀 
東京国立博物館蔵

木版画
「仲見世風景」寺社の仲見世風景である。
    江戸時代には荷車を曳くのは馬より牛であり、牛車は多かったと言うが絵で描かれたものは少ない。仲見世は間口も狭く、広くても2間か3間ほどである、もちろん、常時仲見世がある場所は限られている芝神明社、浅草金竜山など少ない。江戸は一人働きの行商の町である、色々な行商の人がいた。

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      江戸の浮世絵ショップ−2