本草学に熱中した旗本がいた 毛利梅園『梅園禽譜』


毛利梅園(1798〜1851)は、幕臣(旗本)300石で御書院番衆を勤めた。名は元寿(もとひさ)、梅園は号である、他に写生斉、華魁舎などがある。著書には『梅園海石榴花譜』1帖・『梅園草木花譜』17帖・『梅園禽譜』(『写生斉梅園禽譜』)1帖・『梅園魚品図生』(『梅園魚譜』)3帖・『梅園介譜』1帖の計24帖が、彼の自筆の本であり全て国立国会図書館所蔵されている。また別に『梅園虫譜』などがある。彼の図譜が評価されるのは、自筆で正確、綺麗な図を数多く残したことにある。不思議なことに当時の本草学同好者との交流が無かったらしく、彼が評価されたのは明治以降のことである。

『国書人名辞典 第4巻』(1998年 岩波書店刊)などには、『毛利梅園は、周防右田邑主毛利房顕の嫡子となるが、天保6年(1835)、父との不仲から廃嫡になり、大阪常葉町に住み動植物の彩色画を描いた』と記載されているが、これは別の毛利梅園であることを考証したのが下記の『毛利梅園考』である。私も中田吉信氏が正しいと思う、下の絵の文中にも江戸で描かれた事がうかがわれ、大阪に住んだ毛利梅園ではないと考える。(参考・『毛利梅園考』中田吉信著 昭和60年2月 PDFファイル)

『梅園禽譜』には131点の絵が収録されている。

私見……… 梅園の絵は素晴らしく独学で学んだとは思えない、基本の筆運びがしっかりしており、実写と描かれた絵には、初日は墨の輪郭描写、次の日に彩色と記載がある。絵を学んだと考える。旗本であるから、幕府の絵師狩野派の手ほどきを受けたのではないかと考える。奥絵師は無理としても表絵師15家の「深川水場町家」あたりから学んだか、絵師を屋敷に招き個人レッスンを受けたのはないだろうか。そんな推理を抱かせる素人はだしの見事な彩色画である。


『梅園禽譜』毛利梅園画、天保10年(1839)


木版画 阿呆鳥(あほうとり)
 

「アホウドリ」毛利梅園画、
 
  文中の記載によれば、天保3年(1832)5月に江戸小石川馬場で捕らえられたアホウドリである。毛利梅園がどのような性格の人物であったか判らないが、珍鳥が捕まったの報に、城から急いで帰宅したことであろう。近隣の百姓は、珍しい鳥が捕まったら、お殿様(旗本。梅園)に持って行くと褒美が貰えると決められていたのではないか。(和名・信天翁・阿房鳥・阿呆鳥 )
  江戸時代、アホウドリは数百万羽があちこちに生息しており、今のように珍しくなかったという。現在は小笠原諸島、鳥島に生息する。 国立国会図書館デジタル化資料

山階鳥類研究所に「アホウドリ復活の展望 」があり、是非読んで頂きたい。
木版画 ウトウ(善知鳥)


「ウトウ(善知鳥)うとうどり ぜんちちょう やすかた(安方)」毛利梅園画、体長・38センチ。ウミスズメ科、繁殖期に上嘴のつけねに突起が出来る。滝沢馬琴と新村出博士(辞書編纂)によれば「ウトウ」とはこの突起の事であるという。日本では、北海道の天売島は最大の繁殖地と言われる。しっかりした絵である。羽の筆さばきは、絵の手ほどきを受けないと無理のように思う。(国立国会図書館所蔵)
 

木版画 オランダ鶏
「阿蘭陀鶏」毛利梅園画、 国立国会図書館デジタル化資料
木版画 千鳥
「阿蘭陀鶏」毛利梅園画、国立国会図書館
デジタル化資料
木版画 ミサゴ 木版画 鶻嘲(鳩
「鶻嘲(鳩)」毛利梅園画、鶯鳩ともあり、
寛政7年渡来。 国立国会図書館デジタル化資料

「ミサゴ(鶚、雎鳩、雎)」毛利梅園画、ミサゴ(タカ目タカ科)は捕らえた魚を蓄えておく習性があると言われている。絵はナマズを捕らえたところ。留鳥である。 国立国会図書館デジタル化資料

「鶏鳩・三光鳥」毛利梅園画、小鳥(鳴禽類)の一種、「三光鳥」の名は鳴き声が「ツキヒホシ(月日星)ホイホイホイ」と鳴くことから。国立国会図書館デジタル化資料

木版画 三光鳥 木版画 黒鶴

「陽鶴(黒鶴)」毛利梅園画、日本では九州の一部にしか飛来しないが、本人が筆写しているので、江戸時代には江戸湾あたりまで飛来したのか。国立国会図書館デジタル化資料

木版画 仏法僧(ウッポウソウ) 木版画 鷹
「鷹(タカ)」毛利梅園画、オオタカ(タカ目タカ科)。江戸時代には、鷲と鷹の区別が合ったかどうか不明であるが、タカと言えばオオタカを示したらしい、中型の鳥。「真写」とあるので自身で写生した。国立国会図書館デジタル化資料

「ブッポウソウ(仏法僧)」毛利梅園画、画中の文章では武州
多摩郡の高尾山で見た(捕らえたか)仏法僧であると書かれている。しかし、「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴く鳥が違う鳥であると分かったのは最近である。国立国会図書館デジタル化資料
   

 
「サクカン(戳罕)」毛利梅園画、
 
『ミソゴイ(溝五位)。コウノトリ目サギ科。カラスほどの大きさの鳥で、日本及び韓国南部でのみ繁殖し、冬はフィリピンなどに渡る。世界に千羽以下しかいない絶滅危惧種だが、東京西部のあきるの市などでも繁殖が確認されており、生活環境の保全が強く求められている。』(『江戸時代に描かれた鳥 輸入された鳥・身近な鳥』細川博昭著 ソフトバンククリエイティブ(株)2012年刊)。 江戸時代には近郊の村々で見ることが出来たのだろう、人間が鳥の生息地を奪う。朱鷺は江戸時代には普通に見られる鳥であった。 国立国会図書館デジタル化資料

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