ー本草学に熱中した尾張藩士がいた 水谷豊文『水谷禽譜』ー

尾張藩士・水谷豊文は、享和2年(1802)に二百石の家督を継いだ

  若い頃に名古屋で医学を学び、小野蘭山に師事して本草学を学ぶ、のちに藩の薬園監督となる。文政9年(1826)宮駅で、江戸に向かうシーボルトに会い植物標本を見せる、シーボルトより高い評価を受け交流が始まる。彼は「嘗百社」(ひょうひゃくしゃ)と名づけた本草学研究サークルを主宰して、彼を中心にして薬草を見つけるフィールドワークを行ない領内をくまなく歩いた。伊藤圭介の師匠である。

国立国会図書館所蔵の『水谷禽譜』は 、名古屋市博物館所蔵の本と比べると色塗りが単調で緻密さに欠けるようだ。右の扉の「5色インコ」を見るとそのように感ずる。国立国会図書館デジタル化資料には8冊の『水谷禽譜』が所蔵されている。


『鴬(ウグイス)』右側、『カツタウドリ』左側、
木版画 五色インコ
『五色インコ』国立国会図書館
デジタル化資料
木版画 イソツグミ
『イソツグミ』国立国会図書館デジタル化資料
つみ
ツミ 鷹狩りにおいては雄をエツサイ(悦哉)と呼ぶこともある。
木版画 カンムリトリ  
国立国会図書館デジタル化資料には8冊の『水谷禽譜』が所蔵されている。上記のように各ページに鳥が描かれている。多数ありますので興味のある方はアクセスしてみてください。
「ボトシギ」ヤマシギである。江戸時代にはボトシギと呼ばれた。

『カンムリトリ(冠鳥)』国立国会図書館デジタル化資料

国立国会図書館デジタル化資料 古典貴重書からキーワード「水谷禽譜」で検索

図譜目次に戻る