江戸八代将軍吉宗治世の頃 大名・旗本・裕福な商人などが動植物を描き図譜を創った



八代将軍吉宗が本草学を推進させた……『諸国産物帳』の推進
 
  吉宗の命により、本草学者・丹羽正伯(1691〜1756)が享保20年(1735)3月から元文3年(1738)にかけて、全国的な本草学の調査が行なった。丹羽正伯は、諸藩の江戸留守居役を集め、各藩の動植物名を調べて『産物帳』を提出するように吉宗の命令を伝達した。
その結果、集まった報告書が 『諸国産物帳』であり、日本中の天然に産出する事物(天産物)を、諸藩に書き出させた万物が集積した。残念な事に『諸国産物帳』の原本は現存しないが、諸藩が提出した「国控(くにひかえ)」などを探し出し集めたのが『享保・元文期の諸国産物帳集成』21巻(1995年)である。この調査は、安田健氏(自然環境センター客員研究員)の長年の努力により、277点の産物帳・絵図帳が発見された、これは全体の3割り程度と考えられている。

編集に当たった丹羽正柏は、いちいち目を通して分からない事物には絵図と説明を求め、再度の提出を求めた。各藩は大変である、名称だけで良いかと思ったら絵図の提出である、動物ならば捕らえて絵師に描かせなければならない。植物ならば、葉茎だけでなく花や実も描けとの命令である、将軍の命令であるからいい加減なことは出来ない、まして出来不出来は藩としての面子(メンツ)もある。この調査は、江戸時代の日本の自然が、どのよう状態であったかを知る大変貴重な報告である。

吉宗のおこなった諸国産物調査は、本草学の普及に大きな力となった、これ以後の江戸で動植物への興味が盛んになり裾野を広げた、大名や旗本、裕福な商人などは鳥を集めた庶民が図譜を創ったりする事が始まったのは、八代将軍吉宗以後にちがいない。吉宗も好奇心旺盛な性格であるらしく、狩野派御絵師・狩野常信に絵の手ほどきを受けていた。また合理的な将軍で、産物調査は薬種(朝鮮人参など)を購入するために、日本の金銀が流出する事を少なくする目的で自国栽培を目指した。自国(日本)で薬種栽培すれば金銀の流出が防げると考えたのである。       
 
  幕府(吉宗)がとった政策は、日本全国に採薬使を派遣すること、享保5年(1720)から宝暦3年(1753)まで34年間に渡り派遣された。採薬使は半年にわたり各地草木を調べ報告した。採薬使の派遣は、各地の動植物に関する関心を高め、諸国産物調査へ繋がった。寛文12年(1672)版刻本の後刷 貝原本(校正)

丹羽正柏について詳細(産物帳制作は丹羽正伯の独断か) 

右の写真は薬種問屋の風景である。店は薬だけでなく渡来の珍しい物を扱っていた。江戸知識人のメッカである。幕末には外国産の鳥などを扱う鳥屋が40軒あまりあったようである。

国立国会図書館デジタル化資料 
『描かれた動物・植物 江戸時代の博物誌』
 

「六鯨之図」著者 米鷲写(写本)弘化4年(1847)一軸 国立国会図書館デジタル化資料


鯨の解剖図(江戸時代)

  『江戸時代には多くの鯨図譜が作られましたが、将軍家綱時代 (1651〜80) 作成のものに由来する図が最良です。本資料はその系統の転写本の一つで、クジラ・イルカ類11品を描いています。この個所はセミクジラの解体図です。江戸時代には動物の解剖図はほとんど描かれませんでしたが、鯨は例外でした。鯨は捕獲・解体して隅々まで利用しましたから、詳しい観察が行われていたのです。』

(「描かれた動物・植物 江戸時代の博物誌」の「自然へのあついまなざしー18世紀」から)

本草学では、生物の解剖図は 作らないが、鯨(勇魚ーいさな)は全ての部位が無駄なく使われるため、唯一解剖図がある。『勇魚取絵図』の詳細を見る。




 江戸時代中期から後期にー
本草学が殿様や旗本や豊かな商人など身分を越えて流行。

 


鳥は古代より日本人になじみが深く、和歌にも数多く歌われている。唐より飼育法などが入り、やがて図譜などが入ってくるとより関心が高まり、大名などに絵師や自身で絵を描き図譜を創るものが現れた。左の本はその中から「外国産鳥之図」「百鳥図」「鳥類写生図」「水谷禽譜」「梅園禽譜」「外国珍禽異鳥図」「薩摩鳥譜図巻」を取り上げ、絵と解説を加えたものである。

また、『科学朝日編 殿様生物学の系譜』(科学朝日編 朝日新聞社刊 1991年)

  タイトルの如く殿様や明治維新以降に華族となった人達のなかから、趣味の域を超えた業績をあげた人々を紹介した本である。私が感心をもった理由は、明治の華族・蜂須賀正氏(まさうじ)が絶滅鳥ドードーの研究者であったことである。彼が育った環境に鳥に慣れ親しむ素地があったと考える。日本では殿様や華族が鳥類学を支えてきたことは間違いないことであるようだ。

『輸入された、身近な鳥 江戸時代描かれた鳥たち』細川博明著 ソフトバンククリエイティブ(株)発売 2012年刊
 
ー狂歌絵本に描かれた虫や鳥……喜多川歌麿の見事な絵ー
『画本虫撰』喜多川歌麿・宿屋飯盛(石川雅望)撰 版元 蔦屋重三郎 天保8年(1788)
国立国会図書館デジタル化資料

歌麿 狂歌本


喜多川歌麿の狂歌本である、ー優れた観察力と描写力ー
 
  美人画だけでない喜多川歌麿の代表作。見開きページに2種類の虫を描き(全15図)、狂歌2首をのせる。人気があったらしく異本も多い。御覧のように構成も素晴らしく緻密で、空間処理もすばらしい。ポエム(詩)である。全ての浮世絵師が肉筆画を描けたわけでなく、むしろ描けない浮世絵師が大部分である。歌麿は北斉に並ぶ肉筆画の巨匠で、画の中に自分の思いを追求した数少ない人物である。

喜多川歌麿と狩野派
 
  歌麿 は、鳥山石燕(1712〜1788)に師事して絵を学んだという。石燕は、木挽町狩野家三代目・如川周信や下谷御徒士町狩野家三代目・玉燕季信から狩野家の技法を学んだ。燕の一字を使っていることから、下谷御徒町士狩野家の結びつきが強いと思われる。歌麿も基礎を狩野派に学んだため構成がしっかりしている。私見だが、粉本などで古今の絵を数多く見ることで絵の構成力がついたと思う。
 
  石川雅望(いしかわまさもち)は、天明から寛政にかけて活躍した狂歌師である。宿屋飯盛(やどやめしもり)とは、宿屋を営んでいた頃の命名である。太田南畝(狂歌名・四方赤良)に狂歌を学び、蔦屋重三郎や喜多川歌麿、北尾政演らと狂歌本をつくる。文政13年(1830)死去。喜多川歌麿の狂歌本を見る


   
ー江戸時代、江戸市中の広範囲で鳥を殺生することは禁じられたー


不思議な江戸時代……自然環境のすばらしさ
 
  今から考えると信じられないが、五大将軍綱吉が始めた『生類憐れみの令』により、犬だけでなく動物・鳥・魚などあらゆるものが、殺生をしてはいけない対象となった。まさにいき過ぎた法令であり、弊害が多かったと考えられる。六代将軍になると『生類憐れみの令』はすぐに廃止されました。
 
  八代将軍吉宗は、江戸市中から郊外のかなり広い場所で魚鳥を殺したりすることを禁じた。『御留場』(おとめば)といわれる場所を指定して、鳥の捕獲を禁じた。その範囲は江戸日本橋から十里四方である、東海道なら戸塚あたりまでが含まれた。江戸と郊外のほとんどが「御留場」扱いである。幕府から任命された鷹匠と、鷹の餌とするため鳥をとる餌差(えさし)だけが鳥の捕獲を許された。
 
  八代将軍吉宗になると廃止された鷹狩りも復活されました。鷹狩りは古来より権力者の特権であり、信長・秀吉・家康も鷹狩りを好んだ、家康を尊敬していた吉宗も鷹狩りを武士の尚武として復活させた。では吉宗以後、江戸の『御留場』(おとめば)はどういう経過をたどったのか。江戸市中は、8割が大名屋敷と寺社が占め、町民地はわずか2割である。大名上屋敷や寺社内では殺生がほぼ禁止され、鳥は大名屋敷の庭の池で遊び、狐や狸も住んでいた、江戸全体が動物園のようであったろうと考えます。「不思議な江戸時代」詳細をみる


浮世絵版画の鳥……内田清之助・樽崎宗重著


『浮世絵版画の鳥』内田清之助・樽崎宗重著 芸艸堂 昭和49年刊
 
 著者の内田清之助は、鳥類学者、樽崎宗重は、浮世絵研究の大家である。取り上げた絵師は16名、描かれた鳥の数は137点に及ぶ。浮世画の中で遠景で点景になって、鳥の種類が特定できないものは省き、鳥の絵が中心になった絵が主体である。
 

全体的に見て浮世絵の主題として取り上げられた鳥の絵は少なく、風景画が人気の出た江戸時代後期から見られるようになった。樽崎宗重氏によれば、北斉も鳥を描いたが『花鳥画に高度の芸術性を与え、しかも数多く制作したのは広重であった。その作画料も実に多く、枚挙にいとまがない。』と述べられている。では、鳥類学者の内田清之助氏はどう見ているのか、北斉は良く鳥を描いているが、色がおかしい所もあると言う、浮世絵版画は、肉筆画と違い完璧な絵師の要望をみたすのには無理があると考える。
 
 




  広重は、一枚絵、団扇絵、摺り物など数多くの媒体に描いている、人気の高さが良くわかる。内田氏によれば良く描かれた絵もあるが、色や鳥の同定が出来ないなどばらつきがあるという。本では言及されていないが、浮世絵師が鳥の絵を描く時に鳥の図譜を参考に見たのであろうか。
(同本は筆者所蔵)
   

ー豊かな江戸図譜の世界を紹介する図解本色々ー
 



 慶應義塾大学が所蔵する『舶来鳥獣図誌ー唐蘭船持渡鳥獣之図と外国産鳥之図』は、長崎出島に渡来するオランダ船や唐船が日本に持ち込んできた、珍しい鳥獣を幕府にどうするのかお伺いするため、長崎町年寄高木家が御用絵師に絵を描かせて送った、この時、控えとして保存していた絵を纏めたものである。江戸に送った原図は残されていない。

1.『舶来鳥獣図誌ー唐蘭船持渡鳥獣之図と外国産鳥之図』解説・磯野直秀・内田康夫 八坂書房 1992年刊 

2.『江戸鳥類大図鑑ーよみがえる江戸鳥学の精華『観文禽譜』ー』鈴木道男編 株式会社平凡社 2006年刊 定価35.000円。

3.難しい画中の文も現代文とそれらの解説が記載されている。また、鳥の絵の出所も明記されているなど参考図書として、江戸時代の鳥類図譜の世界を知る充分な内容を持っている。
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4.江戸の植物図 知られざる真写の世界』朝日新聞社刊 1988年 今から26年前のやや古い本であるが、日本の本草学を総覧できる本である。

5.文明の中の博物学 西欧と日本 上』西村三郎著 紀伊國屋書店刊 上下二巻である。博物学の歴史が俯瞰できる。

6.『国立科学館叢書−1 日本の博物図鑑ー十九世紀から現代まで』国立科学博物館編 2001年刊 各分野のエキスパートが平易に解説している。

7.『彩色 江戸博物学集成』平凡社 1994年刊、この本は雑誌「アニマ」で連載した記事を母体としている。江戸博物学に貢献した人物を個別に取り上げ照会している。定価18.128円

8.『江戸の花鳥画ー博物学をめぐる文化とその表象』今橋理子著 (株)スカイドア 1995年刊

9.『彩色 江戸博物学集成』平凡社 1994年刊、この本は雑誌「アニマ」で連載した記事を母体としている。江戸博物学に貢献した人物を個別に取り上げ照会している。定価18.128円

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